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香港から帰宅して2日後に東京に上京し、コロネットさんで打ち合わせをして、
その後X-SENSEさんhttp://x-sense.jp/のオフィスで李さんと合宿でモノヅクリに勤しんでおりました~。
相変わらずの放浪パンダです。
皆様からのあり難いコメントの数々に感謝の気持ちでいっぱいです。
パンダの心の支えにしております。

2年前に他界した義父。
夫と一回り年が離れているので、いつも孫のように可愛がってくれました。
旅行とお買い物が大好きな義父でした。
息を引き取る3ヶ月前ぐらいにも突然夜中にがばっと起きて「松坂屋さんに行こう」と言って驚かせてくれる時もありました。
亡くなる前の3年間は義父のリクエストで車椅子を使って一緒に旅をしました。
時には旅先で点滴が必要な時があるので事前に病院の手配やエアラインでへの対応をお願いする義父専属のツアコンをしてました。
「体もしんどいのだから…」と周りは心配して「家でゆっくりしたら」と勧めるのですが、頑として義父は譲らず、次の旅を楽しみに苦手な薬を頑張って飲んだり、病院に通ってました。
なぜそんなにまでして義父が旅に拘るのか、その当時は漠然と「キレイなモノを眺めるのとキレイなお姉さんにやさしくされるのが大好きなのかな~」なんて罰当たりにも思ってた私です。
特にキャセイのCAとかは儒教の国のお国柄なのか高齢者にとっても親切でした。
美女3人がかりで義父のお世話をしてくださいました。
そんな父は美しい女性スタッフに優しくされると
「わしゃーもう90才のじいさんだ」と83歳だったのにさばを読んで弱々しいじいさんブリッコをしてました。
逆にいけ好かない人には「年寄り扱いするな!」と怒る義父。
杖をついて歩く姿は間寛平のギャグそっくりで、そんなおちゃめな義父が私は大好きでした。
義父が買い物や旅行が大好きだったのは、物欲や風景を眺める目的ではない気がします。
旅先で人とのふれあいを求めていたのだと思います。
歳をとると人の優しさにとっても敏感で貪欲になる気がする。
そして何よりも義父は命を懸けて「より多くの世界、素敵な物を息子とその嫁に見せてあげたい」という親心だったのでは…と今は思います。
息を引き取る一ヶ月前には「元気になったら、お父さんの大好きな香港に行きましょう、そしてペニンシュラでお茶を飲みましょうよ」という私の言葉ににっこりと微笑んでくれたのが今も忘れられません。
永遠に義父は私の心の中で生きています。
香港を訪れるたびに、義父の思いも一緒な気がします。
きっと私の目を通して、いろんな風景、素敵な物を眺めてくれてると…
夜、ホテルの部屋で一人になると、懐かしい義父の笑顔と「ナオミさん」と名古屋弁の独特のイントネーションで呼んでくれた声を思いだしては涙が止まらなくなります。
ひとしきり泣いた後は…今、自分が元気に好きな仕事をさせてもらえることに感謝してパワーが充電されるのです。
そんな時、脳裏に浮かぶのはカンヌでグランプリをとった時の河瀬監督のスピーチ…

「私達の人生にはたくさんの困難がある。お金とか服とか車とか、形あるものに心のよりどころを求めようとするが、そういうものが満たしてくれるのは、ほんの一部。目に見えないもの…誰かの思いとか、光とか風とか、亡くなった人の面影とか…私達はそういうものに心の支えを見つけたときに、たった1人でも立っていられる、そんな生き物なのだと思います。」

年をとるといろんなことがあって時々翻弄されてしまう…
そして元来が物欲の塊なので、服も靴も車も大好きな私…
でも一番の宝物は人との出会い、繋がりなのだと思ってます。
本年も多くの素敵な方々とWiredできたこと感謝の気持ちでいっぱいです。
こんなおバカなパンダにお付き合いくださいました皆様、ご一緒してくださいました皆様
本当にありがとうございました。
愛を込めてメリークリスマス♪
If you are as happy this Christmas as I wish you to be nothing more will be needed.

趣味人倶楽部に香港ビーズツアーのコミュニティを立ち上げてみました~♪
http://smcb.jp/group/12086